帝人 尾崎氏が語る、AIと目指す「ワクワク」する未来と、今こそ問われる「人の意志」の真価

現在、帝人株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、同社において新しい事業やプロジェクトの推進を担う尾崎氏に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマークの林が伺いました。

汎用品の時代における新たなミッション―「クミアワセ」と「スリアワセ」の価値

ストックマーク 林(以下、林):本日はありがとうございます。帝人さんは創立100年を超える日本を代表する企業ですが、まずは尾崎さんがいま、どのようなミッションに注力されているのか、その現在地からお聞かせいただけますか。

帝人 尾崎氏(以下、尾崎):帝人には約108年の歴史があり、これまでは、アラミド繊維や炭素繊維といった、いわゆる「チャンピオン素材」を開発し、それを世界中に売るというビジネスが非常に好調でした。しかし、今の時代、素材の世界でも「和牛のA5クラスを作っていれば安泰」という状況ではなくなっています。どんなに優れた素材でも、いずれはコモディティ化(汎用化)しますし、中国をはじめとする海外勢も台頭してきます。

こうした中で、我々の今のミッションは、「優れた素材を単体で売る」ことから、「お客様の本当に困っていることに合わせてチューニングしていく『スリアワセ』」と、これまで蓄積してきた多様な技術を「クミアワセる」ことで、新しいソリューションとしての価値を創造することへとシフトしています。そして、この複雑なプロセスを圧倒的なスピードで回すために、DXやAIの活用が不可欠なドライバーとなっています。

林:単体での強さから、組み合わせによる「適応力」への転換ですね。そのためには、事業部ごとの壁を越えた連携がカギになりそうですよね。

尾崎:そうですね。これまでの帝人は、各事業部が強い独立性を持ち、それぞれが独自に進化を遂げてきました。それは強みでもあったのですが、一方で例えばいろいろなデータが各事業部にとって使いやすい形で独自に管理されているため、社内であってもデータのシェアがしにくい構造になっていたんです。

「クミアワセ」の価値を生むためには、データはシェアーできないとクミアワセられません。もちろん全部をオープンにできないでしょうが、社外に出すわけではないし、あくまで社内の「大きなテーブル」の上にすべてを出し合い、共有できる基盤を作ること。現在は、CTOの中原やCDOの舩生がリーダーシップを執り、「One Teijin」として技術やデータをシェアし、ビジネスのやり方そのものを変革していく方向へと全社を挙げて舵を切っています。

「腹落ち」で人は動く。海外経験から見えた日本企業の強みと課題

林:尾崎さんは海外でのマネジメント経験も豊富ですが、変革をリードする上での「教訓」や「ヒント」があれば教えてください。

尾崎:帝人という組織は、一言で言えば「非常に真面目」です。決められたPDCAをきっちりと回すことには非常に長けている。一方で、「言われたことをミスなく遂行する」こと自体が目的になりやすく、自らリスクを取って新しいことに挑戦し、失敗から学ぶというマインドはまだ発展途上だと感じています。

私がオランダでマネジメントをしていた際に痛感したのは、文化の圧倒的な違いでした。現地のメンバーは、「なぜこれをやるのか」という目的に心から腹落ちしない限り、動いてくれません。もし納得がいかなければ、「なんのためにやるのか目的をはっきりしてほしい。目的達成のためにやり方はかわるから」とはっきり主張してくる。そこで強引にやらせても、パフォーマンスは目に見えて落ちてしまいます。しかし、一度しっかりと腹落ちすれば、彼らは自律的に工夫を凝らし、こちらの期待を大きく超える素晴らしい結果を出してくれるんです。

林:日本の組織とは対照的ですね。日本の場合、目的が曖昧でも現場の「頑張り」でなんとなく形になってしまうことがある印象です。

尾崎:そう、そこが日本の組織の凄いところであり、同時に課題でもあります。目的が腹落ちしていなくても、60点〜70点の合格点できっちり仕上げてしまう。しかしこれを繰り返すと、「あなたが言ったからやりました」となってしまい、「誰が、何の目的で責任を持ってやっているのか」という当事者意識が希薄になっていくんです。

AIという新しい、かつ強力な武器を導入する際も、ただ「便利なツールを渡す」だけでは不十分です。それが自分たちの仕事をどう変え、どんな未来を拓くのかというストーリーを共有し、現場を「腹落ち」させるコミュニケーションが不可欠です。今、社内ではAIを使い倒して自分の限界を突破しようとする層と、様子見の層の二極化が進んでいますが、この「やりたい」というエネルギーをいかに引き出すかが、変革の成否を分ける教訓だと思っています。

“暗黙知”という名の宝の山を拓く

林:今回の「GENIAC AI-Readyプロジェクト」では、社内に眠る「暗黙知」をAIで活用可能なデータにすることに挑んでいます。帝人さんの中に眠る、もっとも重要な暗黙知とは、どのようなものでしょうか。

尾崎:技術レポートや論文のような「形式知」は、まだデータ化の糸口が見つかりやすい。しかし、我々製造業にとって本当に重要なのは、「なぜ失敗したのか」というプロセスや文脈なんです。成功した結果は誇らしく残りますが、失敗の過程は人間の心理として、あまり記録に残したくないものですよね。これまでは、「あのベテランの生き字引のような人に聞けば、当時の苦労や失敗の理由が分かる」という、極めて属人的な状態で維持されてきました。

しかし、今の若い世代にとって、いきなりベテランの元を訪ねて教えを乞うのは心理的にも物理的にもハードルが高い。こうした「人に紐付いた知恵」をデジタル化し、誰でも、いつでもアクセスできる資産に変えることが、100年の蓄積を未来に活かすための鍵になります。

林:その暗黙知がAIを通じて呼び出せるようになれば、ベテランの経験が組織全体の「集合知」になりますね。今回のプロジェクトへの期待を具体的にお聞かせください。

尾崎:正直に申し上げて、自社のDXはまだ道半ばであり、遅れている部分もあると認識しています。だからこそ、今回のプロジェクトでは自社のデータを使って、AIでどこまでできるのか、7合目くらいまで進んだらどうなるか?を実際に体感し、検証したいんです。

例えば、これまでベテランが10時間かけて調べていた複雑な輸出審査の整合性チェックなどが、AIを使えば1時間で、しかも高い精度で終わる。そういう「圧倒的な成功事例」を自分たちの目で確かめることが重要です。現場の人間が「あんなに便利なものがあるなら、自分も使いたい」と自然に思えるような世界を体感させること。それができれば、「あれもできる、これもできる」というアイデアが現場から次々と溢れ出し、変革は一気に加速するはずです。

AI活用の未来について――「判断」と「人の意志」に宿る真価

林:AIが進化し、あらゆる業務プロセスが自動化されていく中で、尾崎さんは人間がどこに集中すべきだとお考えでしょうか。

尾崎:私は、AIがどれほど高度に進化しても、「最後の判断」と「人の意志」は絶対に残るし、むしろその重要性は増していくと考えています。

例えばAIが過去の膨大なデータに基づいて導き出した「成功確率70%のA案が合理的」と答えを出したとします。しかし、会社の長期的な戦略とか、「帝人らしさ」というアイデンティティとか、データでは見えない帝人のCapabilityを踏まえると、実は成功確率60%のB案の方がチャンスは大きいと判断してそちらを選ぶ、なんてことは、結局人にしかできないと考えています。

林:合理的な推論を超えた、「意志」による決断ですね。

尾崎:その通りです。それに加えて、ビジネスの根底にある「ウェットな人間関係」も残り続けます。営業の現場でも研究開発の現場でも、「正直本当の話かどうかわからないけど、君がそこまで言うなら、一度信じてやってみるよ」という人間同士の絆。こうした信頼関係こそがビジネスの文化を作り、人を動かす原動力になります。AIは効率とスピードを極限まで高めてくれますが、人に感動を与え、組織を熱狂させるのは、やはり人間の「意志」と「熱量」なんだと思います。

AI時代の仕事の楽しさと、現場層へのメッセージ

林:尾崎さんご自身のキャリアを振り返って、どんな瞬間に「仕事の楽しさ」を感じてこられましたか。

尾崎:やっぱり「誰かの役に立っている」と実感できた瞬間が一番幸せですね。タイに赴任していた時、品質異常のトラブル対応で本当に苦労したのですが、お客様から「ありがとう、助かったよ」と言ってもらえた時、すべての苦労が報われました。ルーティンワークであっても、その作業の先に誰かの喜びが見えれば、人は頑張れるものなんです。

一方で、CTOの中原が「ワクワクするようなことしようよ」と言った時、自分の中で「久しくそんな言葉を聞いていなかったな」とハッとしました。目の前にある課題を解決するだけでなく、「将来、世の中はこう変化するから、次の次にはこんな新しい技術や価値が必要になるだろう」と数歩先の未来を想像して仕掛けていく。それこそが技術開発が本来持つ「未来を作っている感」であり、「ワクワク」の正体なのだと思います。今、オランダから東京に来て実感していますが、さまざまな人と出会い、新しい知見が結びついていく過程には大きな刺激と活力があり、それが新しい価値を生み出すワクワクに繋がっていると感じています。

林:現場で変革に取り組んでいるリーダーたちへ、メッセージをお願いします。

尾崎:まず、自分が感じていることや意見は、遠慮せずにオープンに発信してほしいと思います。声に出さないと繋がりは生まれません。

そして何より、リーダーの皆さんには、「自分たちのチームがやっている仕事が、誰のどんな役に立っているのか」を現場のメンバーにしっかりシェアしてほしいです。会社のパーパスと個人の信念が完全に重ならなくても、今やっている仕事の意義を理解し、自信を持ってアピールすることが、AI時代の新しい働き方においても仕事の楽しさや醍醐味に繋がっていくはずです。

林:尾崎さんの「意志」と「ワクワク」が、多くのリーダーに届くことを確信しました。ありがとうございました。