現在、NGK株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、同社において技術開発からDXまでを管掌されている森様に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマーク林が伺いました。
DXは組織の「ありたい姿」を実現する、ドライバー
ストックマーク 林(以下、林):本日はよろしくお願いします。まずはNGKが今、注力されているミッションについてお聞かせください。
NGK 森氏(以下、森):よろしくお願いします。私たちには「社会に新しい価値を そして、幸せを」という不変のミッションがあります。この志を具現化すべく、2050年に向けたグループビジョンでは「独自のセラミック技術で、カーボンニュートラルとデジタル社会に貢献する」を、私たちが目指すべき「ありたい姿」として定義しました。DXは、このビジョンという目的地へ到達するための、最も強力な「ドライバー(推力)」として位置づけています。
林:DXの領域において、今後はどのようなフェーズに注力されていくのでしょうか。
森:ここから特にアクセルを踏みたいのは「新価値創造」の領域です。
これまでは、現場や間接業務における「既存業務の効率化」が、着手しやすく成果も見えやすいため中心となってきました。しかし、DXの本質はやはり、AIやデータを武器に「新しい価値」を生み出すことにあります。今後は、新規事業の創出や新製品開発といった、新たな価値を生む側へと、リソースと情熱を少しずつシフトさせていきたいと考えています。

まずは、とにかくAIを使ってみてもらう
林:全社的なAIの浸透具合について、森さんの自己採点では何点でしょうか。
森:平均点、60点くらいでしょうか。世の中と比較して遅れてはいませんが、最先端ではない、中間点にいるイメージです。ただ、この1年で社内の意識は格段に変化しました。私がDXを管掌し始めたのは昨年で、その前は事業本部に身を置いていました。当時はまだAIが今のように爆発的に進化する前で、「AIが事業そのものを変革する」というリアリティは希薄でした。
そこに生成AIが登場し、景色が一変しました。「これは業務に入れていかないと負けてしまう」という強い危機感を抱き、そこからはまずはAIで何ができるのかを正しく理解してもらう取り組みを続け、経営層のAI活用の意識も上がってきました。
特に去年から徹底して発信しているのは、「1人1人が、とにかくAIを使ってみる」ということです。用途はなんだっていい。まずは使い倒してみる。そうすることで初めて、「このデータが足りない」とか「業務をデータやドキュメントとして残したほうが良い」といった、AI Ready化に向けた意識が自分事として見えてくると思います。
林:とても大事ですね。組織でのAI活用にむけて、これまで事業やDXを推進されてきた中での教訓があれば教えて下さい。
森:現状の困りごとや業務プロセスを、そのままツールに置き換えてもうまくいかないことが多い気がします。むしろ『AIを入れたせいでかえって作業が増えた』と現場が疲弊して、失敗に終わるケースもある。
上手くいくプロジェクトに共通しているのは、まず仕事を根本から整理し、『何を諦め、何を変えるか』をセットで再定義できている点です。
現場の業務を熟知している人がAIにも詳しい場合は、話は非常にスムーズに進みます。一方で、業務を知らない人と、AIに詳しくない人が組むときは、なかなか難易度が高い。両者がタッグを組んで、現場の困りごとの『本質』にどこまで近づけるか。そこが変革の成否を分けるのだと感じています。
ベテランの「感じる」を炙り出し、形式知へ
林:今回のプロジェクトでは、社内に眠る「暗黙知」の活用が大きなテーマです。貴社の「暗黙知」は、今どのくらいデータ化されている実感がありますか。
森:事業部や製品によって差はありますが、それでも暗黙知の割合は依然としてとても多いと感じます。以前私がいた事業部では、かなり前から製造設備のデータをすべて吸い上げて一覧化し、解析を進めてきました。その結果、各プロセスでどういう動きが出ればどういう結果になるかといった「因果関係」は、ある程度掴めるようになっています。
ただ、それでも最後は「人」が調整しないと良い結果が出せない領域が残っているんです。そこは単に設備のデータがあればできる世界ではなく、「人間がそのデータを見て、どう判断したのか」という思考プロセスを整理していかなければならないフェーズだと考えています。
林:まさに、言語化すら難しい「熟練の技」の領域ですね。
森:そうなんです。例えば、目視検査をカメラで捉えて機械学習させる実験も行っていますが、圧倒的に人間の方が優秀な部分があります。その業務を普段担当している人に、なぜ瞬時に判断できるのかを聞くと「感じる」と言うんです。「ここはヤバい」と、肌感覚で分かると。
おそらく、「この前のロットでこういう不良があったな」とか「今の製造環境ならここが不良になりやすい」といった背景情報を、無意識に脳内で補完して判断している。そこには必ず、まだデータ化されていない「何か」があるはずなんです。
今回のプロジェクトでは、そうした言葉にできていない「暗黙知」をいかに炙り出せるか、非常に期待しています。
人間の役割は「フィジカル」と「判断」に集中する
林:5年後、10年後、AIと人間の役割分担はどう変わっていくと予測されていますか。
森:現状の進化スピードを鑑みると、劇的に変わるでしょう。世の中にある膨大なニーズや技術を整理し、可能性を探索するスピードはAIの方が明らかに速い。そうした膨大なデータからの「最適解の導出」はAIに任せ、人間は二つの領域に特化していくことになると思います。
一つは「フィジカル」な領域です。ホワイトカラーよりも、現場の技能や技術を持っている人の価値が、一時的にせよ高まっていくのではないかと思います。特に、日本の強みである現場での「すり合わせ」を伴う製造技術などは、AIの世界で日本が勝負できる唯一の場所かもしれません。
もう一つは、「判断」です。AIが出した答えに対し、「NGKとしてやるべきか」「人としてどうか」、あるいは「好きか嫌いか」といった最終的な意思決定を下すこと。こうした情緒を伴う判断は、当面は人間にしかできない領域として残るでしょう。

不合理に動く「人間」を学び、AIを超えていく
林:ご自身のキャリアの中で、仕事に楽しさを感じた瞬間、熱中した瞬間には、どんな要素がありましたか。
森:自分が歩んできた中で一番面白いと感じるのは、やっぱり人と話し、共感し、助け合ったりする「関係性」の中にあります。「人って1人で仕事してるんじゃないよね」というのは、私の根底にずっとある想いです。
例えば、私が新人の頃、3年がかりで設計したプラントが動いたのは、私の設計が完璧だったからではありません。
仕事を進めるなかで、私の設計ミスを裏で現場監督が直してくれていたり、試運転の担当者が微調整してくれたり、あるいは発注担当者が「これ何かおかしくない?」と間違いに気づいてくれたり。そうした周囲の支えがあったからこそ、3年後に結果として物が「動いた」のです。
林:人との助け合い、仕事の本質につながるエピソードですね。そうした実体験を踏まえると、今の新入社員の方々はどのようなマインドセットを持つべきなのでしょう。
森:やっぱり周りの人とのコミュニケーションはしっかりとってほしいと思いますね。というのも、人間ってAIと違って、好き嫌いといった「不合理」な部分で動くじゃないですか。それを実体験として経験し、学ぶことで、人間としての「深み」が生まれる。それが将来、AIには真似できない仕事ができるようになるための、一番の近道になるのではないかなと思っています。人間と関わり、社会と関わるうえで、それは非常に大きな力になるはずです。
林:最後に、変革に取り組む現場リーダーの方々へメッセージをお願いします。
森:AIに対して仕事が奪われるという不安や、AIは嘘をつくといった不信感は、この1年でだいぶ払拭されてきました。まずは疑わず、ハルシネーション(もっともらしい嘘)も起こることを前提に、引き続きAIをどんどん使ってみてほしい。
そうしてAIを使い倒すことは自分自身の成長に繋がり、これから会社が生き残るためにも必要なことです。先ほど言ったコミュニケーションや社会的関わりを大切にしながらも、「まずは、どんどんやってみよう」というマインドで、この変革を一緒に楽しみましょう。