「安定が正義」のインフラでどうAIを活かすか。神戸製鋼所 吉武氏が語る電力事業の使命と未来

現在、株式会社神戸製鋼所とストックマークは、日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、同社において電力事業部門を牽引されている吉武様に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマーク林が伺いました。

普遍の「電気」を届けるインフラの責任と、カーボンニュートラルへの挑戦

ストックマーク 林(以下、林):本日はお時間をいただきありがとうございます。御社の電力事業部門といえば、インフラとして非常に重要な社会的責任を担われていますが、まずは現在、吉武さんが特に注力されているミッションや、事業の全体感について教えていただけますでしょうか。

神戸製鋼所 吉武氏(以下、吉武):事業のポイントはシンプルですが「発電所で電気をつくってお客様に届ける」ということです。これは、弊社の数ある事業の中において、他と異なる立ち位置にある事業です。

鉄鋼などの事業であれば、お客様の多様なニーズの変化に対応しながら、新しい製品を生み出す、といったことが重要です。

しかし、電気というのは、普遍的に「電気」であり、特殊な電気や性能のいい電気というものは発電事業においてはありません。発電所の建設が完了すると、安全や環境保全や防災に万全を期したうえで、いかに安定的かつ低コストで稼働させ続けるかということが日々の仕事になります。これが他の部門とは大きく違う点であり、我々の使命でもあります。

林:非常に興味深いですね。新しい価値を次々と生み出すというよりも、社会にとって不可欠な価値をいかに提供し続けるか。その難しさと責任があるように感じます。そうした中で、いま最も注力されているテーマは何でしょうか。

吉武:気候変動への対応、カーボンニュートラルへの挑戦です。化石燃料を燃焼させて電気に変換する仕組みを、いかにサステナブルなものに変え、社会に必要な電力を供給し続けるかが一番大事なテーマです。

直近では2030年に達成すべき発電効率の基準値が示されており、アンモニアを石炭とともに燃焼させる「アンモニア混焼」という技術の導入により、この基準値をクリアし、CO2排出量を削減するよう取り組みを進めています。これがまさに今の電力事業部門における最優先のミッションとなっています。

安定稼働という「変わらない強み」の組織で、いかに変革の素地を作るか

林:普遍的な安定が求められる組織だからこそ、変革を推進することには特有の難しさがあると思います。全社的なAIの浸透具合や、「組織を変革するための教訓」について教えてください。

吉武:AI活用については、全社的に本社部門や製造現場など各部門で取り組みが進んでいます。比較的取り組みやすい領域から活用が進んでいる一方で、我々の電力事業部門においては、まさにこれから本格的にAI活用を進めていく段階です。

電力事業部門は約400名の組織で、6基の発電所の運転・保全を担っています。私たちの仕事は、発電所という設備を安全かつ安定的に稼働させ続けることです。そのような職場に新たなAI活用などの『変化』を取り入れようという場面において、これまで培ってきた安定を維持する仕組みを変えることに対する不安感を感じるような面があります。いろんな面で慎重であること自体は、インフラを担う組織としては必要な面もあります。

新しい製品やサービスを次々と生み出す事業とは異なり、私たちが向き合うのは“変わらない価値を届け続ける”仕事です。だからこそ、現場のマインドセットも根本的に異なります。その前提を理解せずに、「世の中でAIが流行っているから変革しよう」と訴えても、現場は動きません。

林:現在の安定を守ることが正義である組織を動かすには、マインドの壁がありますよね。そこからどうやって一歩を踏み出すのでしょうか。

吉武:現場に変革を無理強いするのではなく、まずは第一歩として本当に現場が困っていて、AIをうまく使えるところがないかを一緒になって探す、ということです。現場の今の仕事を否定するのではなく、「ここをAIに任せたら、自分たちの今の安定稼働がもっと楽に、もっと強固になるよ」というポイントを提示すること。そしてそれを実現するところまでやりきること、そういう具体的な成功体験を今回、ぜひこのプロジェクトを通じて現場に作っていきたいですし、それが組織の意識を変える最短のルートだと思っています。

AIで継承する「経験」と「勘」──トラブルへの備えと需給計画の進化

林:まさにその「本当に使えるところ」を見つけるために、今回のプロジェクトでは、現場に眠る暗黙知の形式知化に挑まれています。御社を支えている重要な暗黙知、まだデータ化されていない現場のノウハウには、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。

吉武:大きく2つあります。1つは「トラブル対応」です。発電所では基本的にトラブルが起きるものではありません。人間の体で言うと「心臓」です。社会にとって大切な設備にトラブルが生じないようにメンテナンスなどの設備管理や運転監視を徹底的に行っています。裏を返すと、結果として特に若い世代は細かなものを除いて「トラブルを経験した機会」がほとんどないといってよいと思います。

そのような中で、ある日突然、想定外の事態や異常なデータに直面した場合にどうするか。日頃より十分に訓練はしていますが、実際の経験が少ないほど、いざという時に悩むケースがでてくると思います。そういった際に、ベテランの頭の中にある「こういう時はここを見る」というような暗黙知を日頃からAIに学習させ、いざという時に「過去の類似ケースの対処法」をすぐに引っ張り出して教えてくれるような、そういう仕組みをいつでも使えるようにしておきたいと思っています。

林:トラブルの頻度が低いからこそ、経験を補うためのAIというわけですね。もう1つのユースケースはどのようなものでしょうか。

吉武:もう1つは、非常に重要な業務である日々の「需給計画」です。難解なパズルを解くような業務です。海外から様々な種類の石炭を調達していますが、それをどの号機でどんな組み合わせでどれくらいブレンドするかを検討し、最適な組み合わせの計画を立てるものです。

計画が成立するパズルの組み合わせは1,000通り以上あります。より最適な計画を導き出すにはベテランの人たちの経験が必要な状況であり、属人化している面があります。変数が無数にあるパズルを、すべてが最適となるように組み立てるのが本当に大変で、新人では変数が多すぎてなかなか答えにたどり着けません。ベテランも、自分の頭の中の思考ルートや発想が人それぞれ違うので、新人に教えるのが非常に難しい業務となっています。

林: 熟練者の頭の中の「解き方のロジック」そのものが、まさにブラックボックス化された暗黙知ですね。

吉武:そうなんです。これまでは「パズルが成立し、問題なく運用できるのであれば良い」と判断していました。しかし、その先には熟練者だからこそ導き出せる、より効率的で経済合理性の高い計画が存在します。そうした判断プロセスをAIで可視化・継承し、パズルの最適解を導き出せるようにして、属人化を脱して業務の高度化を図りたいと考えています。

実は2002年の発電所立ち上げ時、このパズルを解く業務に最初に取り組んだのは私自身です。当時の仕事のきりの無さは身に染みて分かっているからこそ、AIを使ってこの憂鬱なパズル業務を改善して、誰もが高いレベルで計画を組めるようにしていきたい。熟練の技を最適化してソフト化できれば、毎日の大変な作業から解放され、業務効率化につながります。今回のプロジェクトには、そういった実務の改善に大きな期待を持っています。

ルーティンの力仕事はAIに任せ、人間は一歩先を「新しく考える時間」に集中する

林:安定を維持しながらも、社会の変化に合わせてインフラを最適化していくために、AIと人間の役割分担はどうあるべきだとお考えでしょうか。

吉武:「安全に安定稼働させる」というベースはこれからも普遍ですが、それを実現するために社会から求められるもの、実現するための変数そのものが大きく変わっていくと考えています。例えば、社会においてカーボンニュートラルに向けて太陽光発電などの再生可能エネルギーの比率が増えると、これを最大限活用できるように再生可能エネルギーの変動に合わせて火力発電所の出力を変動させるなど「発電出力の調整」が求められる状況になってきます。安定稼働においてもそういった変化をどんどん取り入れていかないと成立しなくなってきます。

変数の観点では、カーボンニュートラルへの挑戦として、アンモニア混焼化を図ると石炭と混焼する比率も新たな変数として加わり、考慮する必要が出てきます。同時に石炭のブレンド比率にも影響が出ます。石炭のブレンド比率が変わると副産物の石炭灰の成分も変わり、リサイクルに必要な石炭灰の品質基準を考慮して石炭の配合をまた見直す必要が生じるといった具合です。

このような変化に迅速に対応していくために、AIには日々のルーティン業務や複雑な計算といった「力仕事」をどんどん担ってもらいたいと考えています。そして人は、その先にある変化への対応や新たな改善策の検討に時間を使うことが重要だと思います。今まで当たり前だった仕事に対して「もっとこうしたら良くなるのでは」と創造的に考えること。それがやりがいにつながりますし、若い人たちの力を発揮していただきたい場所だと思います。

神戸の夜景を支える誇りを胸に、恐れずチャレンジを

林:これまでのキャリアの中で、仕事の「楽しさ」を感じた瞬間はどんな時でしたか。

吉武:私は入社当初、加古川製鉄所で10年間、操業スタッフとして現場に密着した仕事に携わりました。その後は神戸発電所1・2号機の立ち上げプロジェクトに参画し、10年をかけてゼロから発電所が安定稼働するところまで取り組みました。その後、環境防災管理や本社勤務を経て、神戸3・4号機の建設プロジェクトに携わりました。振り返ると、一筋縄ではいかない業務に数多く携わらせていただきました。

中でも印象に残っているのは、10年かけて建設した発電所が初めて動き出し、電気を生み出した瞬間です。その感動は今でも忘れられません。六甲山から神戸の夜景を見るたびに、「この光を支えているのは、我々が作った発電所だ」と思うんです。自分たちの仕事が社会につながっていることを、強く実感できる瞬間でした。

結局のところ、人が最も力を発揮できるのは、「やらされている仕事」ではなく、「実現したい未来に向かっている仕事」だと思います。自分たちが目指す姿を描き、その実現に向けて挑戦を重ねる。そして、それが形になった時に喜びや達成感を得られる。その積み重ねこそが、仕事の醍醐味なのではないでしょうか。

林:最後に、現場で変革に挑んでいるリーダーたちへ、メッセージをお願いします。

吉武:新しいことには、ぜひ積極的にチャレンジしてほしいと思っています。日々の業務の中で困っていることや、「もっと良くできるのではないか」と感じることがあれば、ぜひ手を挙げて行動に移してほしいですね。

もちろん、挑戦には失敗がつきものです。失敗してもいいです。挑戦の過程でつまずくこと自体には大きな価値があります。自転車に乗れるようになるまで何度も転ぶのと同じで、挑戦と学びを重ねることでしか見えない景色があります。

だからこそ、まずはやってみることを大切にしてほしい。AIも含めてさまざまな技術を積極的に活用しながら、自分たちの仕事をより良く、より面白くしていってほしいと思います。