現在、太陽誘電株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するため、経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、事業目線で経済合理性を満たした研究開発に力を入れられている太陽誘電の小西氏に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマークの林が伺いました。
「事業目線」を研究の源流へ。組織再編で狙う、QCDの向上
ストックマーク 林(以下、林):本日はお忙しい中、ありがとうございます。小西様は昨年度、6年ぶりに研究所に戻られたとのことですが、改めて今注力されているミッションについて教えてください。
太陽誘電 小西氏(以下、小西):今、私が研究所長として注力しているのは、「事業性を意識した製品開発」です。新規事業テーマについては、事業性・QCDを強く意識させるような働きかけを行っています。世の中の変化のスピードが速まり、開発スキームの見直しが必要とされる中、当研究所ではここ2〜3年、材料開発部門が事業部に所属する形をとってきました。事業部の商品開発部門との連携を深め、研究者の事業目線を養うことが狙いでしたが、この体制下で部門間のコミュニケーションが円滑に行われる文化が着実に醸成されました。こうした良好な関係性が土台として整ったことから、2025年4月に材料開発部門を改めて研究所へ再統合し、新たな体制でスタートを切る運びとなりました。
過去のデータや暗黙知を「組織の資本」へ変える
林:研究所内でAIを活用してさらに注力していきたいことはどういった点でしょうか。
小西:私たちが注力したいのは、過去の膨大な「研究開発資源(ナレッジ)」をデータベース化し、今の時代に必要な知見を掘り起こすことです。これまでは若手がベテランに直接教わることで技術が繋がってきましたが、退職によってその機会が失われるリスクは非常に大きい。ただ、単に残せばいいという話でもないんです。
林:「単に残せばいいわけではない」というのは、研究開発ならではの難しさがあるからでしょうか。
小西:研究開発は日々常識が置き換わります。過去のナレッジがあったとしても、そのうち何割かは今の時代では使えない、間違っていることさえある。だから、いかにうまく過去を忘れて、新しい事実に置き換えるか。この「情報の取捨選択」が非常に重要です。かつて「善」だと思っていた解釈が、今は「悪」だと判定されることもある。間違った常識がそのまま初学者に引き継がれてしまうことは、避けなければなりません。だからこそ、信頼度の高いデータを学習させ、要らないデータを捨てていくことで、アップデートし続けながら、精度を保ったAIの仕組み作りが重要だと考えています。

「失敗の責任」をトップが引き受け、今の常識を壊せる環境を
林:組織をアップデートし、新しいことに挑む際、文化が壁になることはありませんか。
小西:製造業には「事故を起こしたくない」という強いリスクヘッジの文化があります。品質を守る上では非常に大切な考えですが、変革においては足かせになりやすい。現場に「自由にやっていいよ」と言うだけでは、後工程への影響を考えてしまい、なかなか今の常識から抜け出すことはできません。
林:そこで、トップの「号令」が必要になるわけですね。
小西:はい、だからこそ、トップダウンで「失敗してもいい。あるいは計画より遅れてもいいから、まずはこれをやるんだ」とはっきり伝える必要があります。
誰かが責任を持って決断し、号令をかける。リスクを恐れずにやっていくことを、責任者が自ら進めるべきです。今の常識を壊せるような、「ポジティブなファクト」が出る環境をいかに作るか。そのための心理的安全性を自らの責任を持って担保するのが、リーダーの仕事だと思っています。
AIに「定型業務」を任せ、人間は「最終的な意思決定」に集中する
林:AIが進化する中で、人間はどこに一番集中すべきだと思われますか。
小西:定型業務や情報収集、データ加工といった「作業」の領域は、どんどんAIに任せて高速化すべきです。データとしてのアウトプットは機械に任せていい。その一方で、人間は「判断」の部分に集中すべきだと考えています。同じファクトを見ても、感じ方は人によって違い、そこから「ひらめき」が出たり、センスの良し悪しが出る。AIが出した答えに対して、「これは面白い」「これはいける」と感じるのは人間にしかできません。製品を最終的に欲しがるのはAIではなく人間です。その感性と人間に蓄積された暗黙知と掛け合わせて、総合的に意思決定することは人間が担うべきだと考えています。
また、AIに任せられる領域が広がるほど、人間としての個性をどう差別化していくのかが難しい時代になってくる。そんな時代だからこそ、AIを活用して自身の価値をいかに高めていくかという視点が重要であると思います。
仕事の楽しさは、本質を捉え「常識を自ら覆す」瞬間に
林:小西様自身、これまでのお仕事の中でどんな瞬間に一番の「楽しさ」を感じてこられましたか。

小西:「今の常識を疑い、新しい仮説を立てて証明できた瞬間」に楽しさを感じていました。論文でできないと言われている特性の材料でも、その材料を作れないと会社として商品を出せないという無理難題なテーマに直面したことが何度もありました。そんな中でも期限内に自分でどうにか捻り出さなければならない。そこで、過去の常識を疑い、本質を突き詰めて考え、自分なりの仮説検証を行い、突破できた経験をしてきました。批判的思考を持って向き合う中で、それまでの当たり前を覆していく。この「新しい常識を自ら作る」面白さは、技術者にとって何物にも代えがたい喜びです。
林:現場で変革に取り組んでいるリーダーの皆さんへ、改めてメッセージをお願いします。
小西:AIを活用することで人間の負担を軽減するメリットがある反面、検討・判断する機会が減少し、自身の成長を阻害するリスクもあると思います。そのような中では、AIを使う側の人間としてAIと共創し、「常識を覆す」経験をしていただけたらと考えています。