現在、ヤンマーホールディングス株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、同社においてDXを推進されている奥山様に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマーク林が伺いました。
15年ぶりにミッションを刷新。ヤンマーの2030年への意志
ストックマーク 林(以下、林):本日はよろしくお願いします。まずは奥山さんが現在注力されている新しいミッションの全体像からお聞かせいただけますか。
ヤンマーホールディングス 奥山氏(以下、奥山):よろしくお願いします。ヤンマーは今、非常に大きな転換点にいます。昨年、グループ全体のミッション、ビジョン、バリューを約15年ぶりに作り直しました。それに合わせて、2030年に向けた中期計画「MTP2030(Mid Term Plan)」を策定しています。
その中で、私としての柱は二つあります。
一つは「新規事業の創出」です。新しい領域を開拓し、次の100年も社会に貢献し続けるビジネスを作る。目標として2,000億円規模の創出を掲げていますが、これを実現するには、機械を売るだけでなくそれに付帯するソフトウェアやソリューションなどの付加価値を上げることが不可欠です。
もう一つが「内部生産性の劇的な改善」です。新しい挑戦をする投資余力を生むために、既存業務のコストを下げなければなりません。DXの観点では、部分最適なデジタル化に陥らずに、いかにバリューチェーン全体を変革していくかを推進していきます。この2つの柱のために、AIやデジタルをフル活用していきたいと思っています。

ボトムアップとトップダウンのサンドイッチが、組織を動かす
林:貴社の全社的なAIの浸透具合や、最近の具体的な手応えはいかがでしょうか。
奥山:弊社は、以前からデジタル活用に力を入れており、画像認識による農作物の成熟度判断や、精度の高い需要予測など、すでに成果が出ている領域は多くあります。
昨今の生成AIについては、まずは「全社員が当たり前に使える環境」を整えることからスタートしました。現在はRAG(検索拡張生成)を用いて社内の膨大なナレッジを可視化し、ベテランの知恵を新人が即座に引き出せる仕組みもどんどん実装していってます。さらに、エージェントのように一連の業務を自律的に自動化していく取り組みも開始しています。
林:活用の幅が広がっていますね。目的としては「攻め」と「守り」、どちらに重きを置かれているのでしょうか。
奥山:私のマインドシェアとしては、社内効率化と新規事業創出で「50:50」のバランスでありたいのですが、実態はまだ社内活用が7割を占めています。この技術をいかに製品や新しいソリューションへ応用し、外向けの価値へシフトさせていけるか。ここは、次のフェーズとして目指しているところです。
林:ヤンマーのDXの取り組みで、特にこだわっているところはどんなところでしょうか。
奥山:私が常に意識しているのは「ボトムアップとトップダウンのサンドイッチ戦略」です。いきなりトップダウンで「AIをやれ」と号令をかけても現場は動きませんし、逆に現場の草の根活動だけでも、全社的なうねりにはなりません。
まずは現場の課題から入る。困りごとに徹底的に寄り添って、自社のユースケースや成功事例を作ります。それがあった上で、成果事例を経営会議に持っていってシェアをすると、「隣の部署であれだけの成果が出ているなら、うちもやらないわけにはいかない」と、事業部が関心を示してくれるようになります。
文化の変革って複雑体で、これをやればいいという一撃必殺はありません。現場の成果のボトムアップと、こうしたトップダウンの力学のサンドイッチで挟み込むことで、やっと、じわじわ文化が変わっていく実感があります。
林:サンドイッチ戦略、非常にうまく取り組まれていますね。もともとヤンマーにはどのような文化があったのでしょうか。
奥山:もともとのカルチャーを一言で言えば、職人気質で本当に「メカ(物)」が好きな集団ですね。歴史的にも、例えばディーゼルエンジンの世界初となる小型化に成功するなど、メカトロニクスの強みを武器に数々のイノベーションを成し遂げてきた自負があります。
ものづくりへの愛が強い分、最初はデジタルのような「目に見えない領域」に対して、情熱を抱く人は多くはありませんでした。
一方で、ヤンマーの社員は本当に真面目なんです。DXの取り組みによって生産性が劇的に向上するという事実が目に見えて示されると「自分もやってみよう」と、実直に向き合ってくれる。
今では自発的なDXコミュニティに4,000人以上が参加しており、これは全社員の約2割に相当します。ボトムアップで自発的に学ぶ風土がここまで広がったことには、確かな手応えを感じています。
ヤンマーがAIで挑む、バリューチェーン全体の『暗黙知』継承
林:今回の「GENIAC AI-Readyプロジェクト」では、まさにその「現場の知恵」をどうデータ化するかが鍵になります。ヤンマーさんの中に眠る「暗黙知」には、どのようなものがあると感じていますか。
奥山:沢山あります。例えば生産現場で機械が止まった際のベテランの対応や、優秀な営業が持つ独自のノウハウ。あるいは、お客様の機械を修理する際のサービスエンジニアの判断スピードなどです。そういった暗黙知を、属人化させず社内全体で活用できる状態にすることは非常に重要だと考えています。
さらにいえば、我々のバリューチェーンの先にいらっしゃるお客様側にも「暗黙知の消失」という課題があると思っていて、そこにも貢献したい。例えば、日本の農業従事者の高齢化が進む中で、このままだとベテラン農家さんの貴重なノウハウが失われてしまいます。
昨年から、我々は「SAVE THE FARMS by YANMAR」という取り組みを始めました。自分たちが実際に農業を行い、そのデータを取得しながら、データドリブンでの実証やAI学習を進めています。こうして得たデータをロボティクスに応用したり、新規就農者が迷わず作業できるようなプラットフォームを構築することで、農業の未来に貢献したいと思っています。
林:非常にワクワクする未来ですね。今回のGENIACプロジェクトへは、どんな期待をされていますか。
奥山:まずは第一歩として、自社の生産現場における強力なユースケースを作り上げること。その上で、そこで得た知見をバリューチェーンの「横」や「縦」へと展開していきたいと考えています。
例えば、品質不具合やリコールのうち、かなりの割合が、実は「過去のナレッジが正しく引き継がれていれば防げたもの」という分析結果もあります。こうした過去の失敗を教訓として確実に活かせる仕組みを、AIによって築いていきたいですね。
人間は「感情」に集中し、AIは「知識」を担う。再定義される役割分担
林:AIが進化する中で、「人間にしかできないこと」の定義も大きく変わりつつあります。奥山さんはこのAI時代、人間はどのような役割に集中すべきだとお考えでしょうか。
奥山:一般的にいう、知識や知恵の部分はやっぱりAIが発展していくと思いますね。
その一方で、やはり感情に訴えかけて人を動かすというのは人にしか出来ないのではないかと考えています。
仕事も結局、人を動かさないといけない時がある。自分の感情をもって、相手の感情を揺さぶって、相手を動かす。こういうところはこれからも必ず人がやらないといけないし、リーダーの本当の役割も、そこにあるのではないかと思います。

AI時代にも変わらない、仕事をする上での楽しさは
林:奥山さんご自身が、これまでのキャリアで「楽しかった」瞬間には、どんな要素がありましたか。
奥山:私の場合は、自分が新しいことを工夫してやってみた結果、それを喜んでくれる人の顔を見るのがモチベーションになっていると思います。あとは、それをやる過程で自分の成長を感じられたり。
今後、どんどんAIを使って仕事の成果や質を上げていきたいと思っていますが、最終的な部分、「誰かを喜ばせる」ということにはずっとフォーカスしていきたいですね。
林:ありがとうございます。最後に、現場でAI活用や変革に取り組んでいるリーダーたちへ、メッセージをお願いします。
奥山:製造業が持つ現場のナレッジ、職人技、そしてお客様を含む関係性。価値の源泉は、間違いなくリアルな「現場」にあります。これらは、日本が持っている圧倒的な強みです。この強みを暗黙知を含めてしっかりとデジタル化していくことで、ぜひ一緒に社会に貢献していきましょう。