現在、伊藤忠商事株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、企業の持つデータや暗黙知をAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、同社においてDXを推進されている浦上様に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマーク林が伺いました。
「三方よし」と「マーケットイン」を加速させるデジタル活用
ストックマーク 林(以下、林):浦上さん、本日はよろしくお願いします。まずは、今の伊藤忠商事の経営戦略からお聞かせいただけますか。
伊藤忠商事 浦上氏(以下、浦上):よろしくお願いします。経営の観点からいくと、我々の根底にはグループ企業理念である「三方よし」があります。そのグループ企業理念「三方よし」を中心にすえ、「マーケットインの発想」と商いの三原則「か・け・ふ」の徹底により柔軟に、迅速に経営戦略・施策を推進し、持続的に企業価値向上を実現することです。従来は、中期経営計画をもって複数年での行動指針や定量目標を掲げ経営してまいりましたが、長期の経営方針と単年度の経営計画を組み合わせた公表に変えました。VUCAの時代において、商売の現場は動いていますから、より機動的に動くコミットメント経営です。
「利は川下にあり」と言いますが、営業部門だけでなく全社員がマーケティングの力を磨き、消費者に近い領域で価値を高めていく。もともと伊藤忠商事はトレード中心でしたが、今は事業と投資の両輪で動いています。株主への還元も含め、定量的な数字はもちろん、定性面でのブランド価値向上もしっかり見ていく。それが今の伊藤忠商事です。
林:その中で「デジタル」の位置づけはどう変わってきたのでしょう。私が以前働いていた2010年頃までとは、社内の雰囲気も違うのでは。
浦上:デジタルに関しては、ビジネス成長にデジタル技術が不可欠との理解のもと、戦略的に投資を続けてきました。従い、今の立ち位置としては、経営基盤は「AIX Ready(AIトランスフォーメーション・レディ)」な状態、つまりAIXへの準備は整ったという段階です。
大切にしているのは「地に足をつけたAIX」です。DXやらなきゃ、AIやらなきゃ、といったDXやAIXそのものを目的化しない。あくまで、ビジネスありき・収益性ありきです。ビジネス側からの課題を起点にして、この命題をどう解き明かすか。それを明確にした上でデジタル化を推進し、デジタルがビジネス側を引っ張っていく、そんな姿を目指しています。
林:DXの「攻め」と「守り」の比重はどうですか?
浦上:伊藤忠商事の本体に関しては、守りはかなりやり切った感があります。大きな仕組みを再構築するようなフェーズは概ね終わっていて、今はこまめにメンテナンスし、ビジネスニーズに即応できる体制を取りつつ、リソースの約7割は攻めに振っていっています。ただ、グループ全体で見ると、まだレガシーシステムが残っている会社もあるので、グループ会社へのサポートを考慮するとトータルでは半々というところでしょうか。
1500人分の余力を創出する、伊藤忠商事のAIX
林:伊藤忠商事でのAI活用についてもお伺いさせてください。
浦上:2023年の年明け早々には「生成AIを使うべし!」という号令をかけました。組織としては、生成AIラボを立ち上げ、伊藤忠商事専用の生成AI利用環境「I-Colleague」をすぐに用意しました。今は全世界でグループ含め約2万6千人が使える環境になっています。
もともと、生成AI以前からRPAなど業務効率化施策は積極的に進めていましたが、AIによって生産性向上の対象がかなり広がりました。結果として、約1,500人分の余力創出を生むことができています。
昨年9月には生成AIを更に使いこなそう、という点にフォーカスして「生成AI強化月間」を実施しました。最初は翻訳や要約といった汎用的な使い方が主でしたが、今は投資業務のプロセスにも入り込んできています。例えば、投資対象会社を発掘して、対象会社を深堀し、社内に申請を上げるまでの投資に関わる全プロセスをAIで効率化・高度化するなど、まさに実務へのAIの取り込みが進んでいます。
重要視しているのは「ガバナンス」と「活用」のバランスです。ハルシネーション他利用上の留意点への意識付けは徹底していますが、そういったガバナンスばかりやってしまうと、AIを誰も使わなくなる。両方のバランスが大事だと思っています。

林:AI活用の浸透など、組織の文化を変えるのは容易ではありません。浦上さんの経験から「変革の教訓」はありますか。
浦上:一筋縄でいかないのは百も承知です。私が部員に口酸っぱく言っているのは「ツール導入を目的にしないこと」。つまり、ビジネス課題が起点。これは過去のいろんな失敗プロジェクトから学んだ教訓です。
また、長期プロジェクトはまずうまくいかないです。例えば「4年かけてプロジェクトを進めます」と言っても、4年後には世界が変わっているし、長いプロジェクトとなると、現場が疲弊することも多いです。長くて2年でしょうか。たとえ長期プロジェクトであっても、半年ごとに何かしらのアウトプットをリリースして成果をつくっていけると、最終的に良い結果を生んでいくと思います。
組織を変革する、というような意味で言うと、伊藤忠商事の人間は「やらされ感」では絶対に動きません。自分たちにもメリットがある、自分ごとだ、と納得して初めて全員で同じ方向を向くものかと思います。特に、デジタルを活用して変革する際には、経営に対しても、出来るだけシンプルに、IT用語を一切出さずに伝えることも心懸けています。
伊藤忠商事に眠る「勘」や「経験」という名の暗黙知
林:今回の「GENIAC AI-Readyプロジェクト」の話に移ります。商社を支えている暗黙知とは、具体的にどのようなものでしょうか。
浦上:伊藤忠商事は、財務諸表はもとより、営業取引に関わる情報から管理会計に必要な情報は整理してデータを残してきています。一方で、その「数字の裏側にあるもの」が重要だと思っています。
例えばリスクの判断、取引先との長年の信頼関係。ベテランが「これはいける」と判断できる案件の根拠は何なのか。経験を積み重ねているからこそ表現できている部分、そこが今はまだ非構造化データのまま、個人の頭の中にあります。事業領域ごとに、その「勘」や「経験」という名の暗黙知があるのです。
林:それをAIで可視化、あるいは形式知化できるチャンスがあると。
浦上:そこに期待しています。特に市況予測。これは本当に難しい。今まで、私たちが市況予測をやろうとしたときも、「経験と勘」という壁にぶつかりました。
もしAIを使ってその判断プロセスが少しでも解き明かされれば、それは継承可能な知見になる。人間はどうしても、ハイリスクなものに手が出しにくい。そういったリスクをどうヘッジし、どこに勝機を見出すか。AIがその判断の補助線を引いてくれるようになれば、商売の質は一段上がります。
今回のプロジェクトに対しては、純粋にワクワク感があります。やってみてどこまでできるか。結果そのものよりも、そのプロセスがどこまで解明されるのかに期待しています。
脳をアウトソースせず、「手触り感」を持ってAIを使いこなす
林:この先、どの業務までをAIに任せ、人間はどこに集中すべきだと思われますか。
浦上:インターネットが普及したとき、情報収集はネットに置き換わりましたよね。AIもそれと同じ。要約、比較、ドラフト作成、アイデア出し。これらはどんどんAIにやらせればいい。「任せる」というより、徹底的に「使えば良い」と言いたいです。
一方で、人間がやるべきことは「何がやりたいか」という意志の決定、そして関係者の合意形成、最後の判断。脳をアウトソースしてはいけないと思います。
林:「脳のアウトソース」、重い言葉ですね。
浦上:私はこれを本当に恐れています。昔の話になりますが、1990年代後半、多くのユーザー企業は、システム関連業務を外部にアウトソースする時代でした。アウトソースしすぎてしまうことで、ユーザー企業側の社員自身がシステム開発プロセスを経験できなくなり、結果、ベンダーからの提案が正しいのかどうか判断できなくなってしまうということがありました。
今回も同じです。AIにプロセスを丸投げして、業務の中身を知らない人が増えると、組織が弱っていく。
あえて「手でやったらどうなるのか」「AIがなかったらどう判断するか」を経験してみることが大事です。そうしないと業務自体がブラックボックス化してしまう。AIがあるからこそ、あえて自分でやってみる、そういうステップが必要なのではないかと思います。

変革を楽しみ、変化の時代を「自分ごと」として熱狂せよ
林:浦上さん自身のキャリアについても伺いたいのですが、仕事が「楽しい」「熱中した」と感じる瞬間には、どんな要素がありましたか。
浦上:入社以来、ずっと楽しいですよ。なぜかと考えると、常に「自分がやりたいこと」を常に考えながらやってきたから。もちろん会社のため、という大前提はありますが。
プロジェクトを多く動かしていれば、トラブルもありますが、その時にも、必ず解決の糸口はあります。状況を常に可視化して、どう乗り越えるか作戦を立てて、その山を越えた瞬間の喜びは、何物にも代えがたい。
AI時代でも、AIに丸投げして熱量がない仕事は、やっている本人も楽しくないはずです。自分という人間の「スキルセット」をどう積み上げるか、軸をしっかり持ってほしいなと思いますね。
林:最後に、AI活用で現場を変革しようとしているリーダーたちへメッセージをお願いします。
浦上:私は基本的に「現状維持型」の人間ではなく「変革型」だと思っています。そして、今のリーダーたちも常に変革型である必要があると思っています。
「ご要件聞き」ではなく、ビジネスそのものを理解して「この技術を使えば、こんな面白い商売ができます」と提案する「提案型」を目指しましょう。
もちろん、ITだけで完結する仕事はなく、最後は人と人。ビジネス部隊、システム部隊、そしてパートナー。垣根を超えて「自分ごと」として熱狂し、一緒に新しい価値を創り出していけたらと思います。