現在、味の素株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、製造業の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、味の素グループのDX推進を担うスムリガ・ミロ氏に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマークの林が伺いました。
アミノサイエンスで世界に挑む、味の素の「存在意義」
ストックマーク 林(以下、林):味の素さんは近年、大きな変革の最中にありますよね。改めて、いま貴社が最も注力されているミッションについてお聞かせいただけますか?
味の素 スムリガ氏(以下、スムリガ):まず、当社のパーパスである「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」という言葉には強い意志を込めています。 私たちが目指しているのは、単に利益を追うことではなく、「人々の健康」「社会の持続可能性」「地球環境」という三つのWell-beingを同時に向上させることです。 これこそが企業の存在意義であると明確に定義しています。
林:「三つのWell-being」を同時に、というのは非常に高い志ですが、それを支えるコア・テクノロジーがやはりアミノ酸ということですね。
スムリガ:その通りです。当社はアミノ酸技術を核として、調味料や食品といった身近なものから、ヘルスケア、さらには半導体向けの電子材料に至るまで、多角的に事業を展開しています。 これらの多岐にわたる事業を通じて、いかに社会全体のWell-beingを底上げできるか。ここに全力を注いでいます。
AI利用率8割超えの事実。「変革の自分ごと化」が組織を動かす
林:そのミッションを達成するための強力な武器がAIだと思うのですが、社内での浸透具合はいかがでしょうか?
スムリガ:AI活用については、個人利用と業務利用の両面から強化しています。 全従業員はもちろん、経営層も含めた全方位での取り組みですね。 具体的な数字で言うと、自社専用の生成AIである「AJI AI Chat」や「Copilot」を中心に、3月末時点での利用率は味の素単体で8割を超えています。
林:8割! それは驚異的な数字ですね。大企業でそこまで浸透させるのは容易ではないと思いますが、どのようなアプローチを取られたのですか?
スムリガ:草の根の教育と、トップダウンの両輪ですね。 個人向けには初心者向けのハンズオン研修を行い、さらに業務別の活用促進プロジェクトを走らせています。 一方で経営層に対しても、若手がAI 活用を伝授する「リバースメンタリング」や組織長向けの研修(講義)を行い、経営層の意識もアップデートしています。
林:全方位的な取り組みをされていて素晴らしいですね。ただ、それでも「自分には関係ない」と感じる層は一定数いるものです。組織を変革する上で、最も重要だと感じていることは何でしょうか?
スムリガ:結局のところ、「変革の自分ごと化」に尽きると思います。 誰かに言われたからやるのではなく、スモールなユースケースを一つずつ積み上げ、現場のメンバー自身が「あ、これを使えば自分の業務が変わるんだ」と実感すること。 これがないと形骸化してしまいます。
組織という単位で見れば、組織長、グループ長、そしてメンバー。 この三層の誰か一人が欠けてもダメで、全員が自分ごととして捉えることで、初めて変革の歯車が回り出すのだと感じています。

眠れる「暗黙知」を解き放ち、部門間の知の相互活用を促進
林:今回「GENIAC AI-Ready プロジェクト」に参画されましたが、味の素さんの中にある「暗黙知」とはどういったものなのでしょうか?
スムリガ:当社はグローバルに事業展開しており、それぞれの領域に様々な暗黙知が存在します。 製造技術、商品開発、研究開発、そして強固な顧客基盤。 会社全体で見れば、「アミノ酸の科学を、それぞれの業界に合わせた『価値』へと転換する力」そのものが暗黙知だと言えます。
一方で各部門の意思決定において、いまだに「個人の感覚や経験」に依存する場面が多く、判断の根拠が十分に言語化・共有されていないという課題があります。
林:今回のプロジェクトを通じて、その状況をどう変えていきたいとお考えですか?
スムリガ:過去の生産技術の知見や膨大なデータをAIに読み込ませ、更に有効に活用できるようにすることを期待しています。また当社においてアミノ酸素材分野と食品分野の両生産統括センターは、普段はそれぞれの事業に特化した活動を行っていますが、このプロジェクトを通じて、更に相互に知見を活用できるようになることも期待しています。
AI時代に人間が担うべき「問いを立てる力」
林:AIの進化に伴い、どの業務をAIに任せ、人間はどこに集中すべきだという境界線はどう引くべきだとお考えでしょうか?
スムリガ:まずは定常作業やアナログ作業をAIに任せるところからスタートし、暗黙知をAI-Ready化していくことで、活用範囲はどんどん広がっていくでしょう。 そこで人間が集中すべきなのは、「仮説を立て、課題を設定すること」です。そのためAIに何をさせるかを決める「問いを立てる力」が重要になります。
AIに明確な指示を出し、出てきた結果を評価し、最終的な判断を下す。 そして、その結果に対して責任を負う。 評価、判断、責任。この三つこそが、AI時代に人間が担うべき最も重要な役割になると考えています。

AIは「仕事を奪う」存在ではなく「能力を拡張する」パートナー
林:最後に、現場で奮闘されているリーダーやメンバーの皆さんへのメッセージをお願いします。
スムリガ:振り返って考えると、仕事を楽しいと実感するのはいつも、自らの能力が一段上のステージへ引き上げられ、限界を超えたパフォーマンスを発揮できた瞬間でした。
AI時代においても、そこが本質だと思います。 AIの強みと弱みを理解した上で、いかにAIと「協働」するか。 AIを使いこなすことで、自分自身の発想力や能力を拡張し、これまで届かなかった高いパフォーマンスを達成していく。 これこそが、新しい時代の仕事の醍醐味ではないでしょうか。
「AIに仕事を奪われる」という不安を持つ方もいるかもしれませんが、AIは現場の人を置き換えるものではありません。現場の知恵を「拡張」する力です。 皆さんが長年積み重ねてきた経験、勘、改善の力。 そこにAIを重ね合わせることで、これまで見えなかった課題が見えるようになり、より速く、深く、広く価値を生み出せるようになります。
林:現場の皆さんの背中を押す、非常にポジティブな視点ですね。
スムリガ:小さな成功を積み重ね、失敗から学び、現場で使える形に磨き込む。 AI活用の本質的な価値は技術そのものではなく、それを使って現場の課題を解決し、お客様への価値に変えることにあります。 私も共に学びながら、取り組んでいきたいと思っています。