現在、東京電力ホールディングス株式会社・東京電力リニューアブルパワー株式会社とストックマークは日本の生成AI開発力を強化するための経済産業省とNEDO主導の「GENIAC」プロジェクトにおいて、現場の複雑なデータをAI Ready化するための取り組みを共に推進しています。本対談では、データドリブンなDXの推進を担う関氏に、AI活用を通じたこれからのビジョンや、AI時代における人間の仕事の醍醐味について、ストックマークの林が伺いました。
GXとDXの両輪で果たす「福島の責任」と新たなミッション
ストックマーク 林(以下、林):今回、経産省のGENIACプロジェクト「AI-Ready化」の枠組みでご一緒させていただくことになり、非常に光栄です。まずは、東京電力がいま全社としてどのようなミッションに注力されているのか、全体像からお伺いできますか。
東京電力ホールディングス 関氏(以下、関):我々の会社は、ご存知の通り「福島の責任」を果たすことが前提としてあります。この責任を全うするための基盤として、現在は「GX(グリーントランスフォーメーション:電源と需要の脱炭素化)」と「DX(デジタルトランスフォーメーション:DX・AI等の電力需要対応)」の両輪に全力を注いでいます。
特にここ2、3年で大きな変化がありました。これまでは人口減少に伴って電力需要は年々下がっており、いかに設備を効率的にスリム化するかに腐心していました。ところが、昨今のGPU、AI、データセンター需要の爆発的な伸びによって、電力需要が急激な右肩上がりに転じました。これはここ数十年来経験したことのない、まさに「新たな挑戦の領域」への突入です。
データセンターへの迅速な電力供給と、CO2を排出しないゼロエミッション電源、この両立が今の最大のミッションです。我々システム・DX部隊は、この巨大なビジネス環境の変化を支えるための事業基盤として、単なるIT導入を超えた「AIシフト」を加速させています。
既存プロセスを「破壊」する覚悟と、負の連鎖を断つ「希望」の語り方
林:「AIシフト」という言葉、非常に力強いですね。具体的に社内ではどのような浸透具合なのでしょうか。
関:AIと言ってもいくつかの領域がありますが、画像解析による設備劣化診断や、数値データを使った故障予知などは、現場でもかなり定着してきています。ただ、生成AIに関しては、当社業務の約6割を占めるフィールド業務においては、まだ「使いどころ」を模索している段階です。
正直なところ、生成AIを使ってみても「いい回答が返ってこない」という声はあります。これは当たり前で、社内データや業務ルールを学習させていないからです。また、今の業務プロセスは「生成AIがない時代」に設計されたものですから、今の仕事のやり方のままでは使う必要性すら感じないのが実情でしょう。
だからこそ、私は今「業務プロセスそのものの再設計」を掲げています。生成AIがあることを前提に、今のやり方を一度「破壊」して再構築する。そうすることで初めて、生産性が劇的に向上し、人がより創造的な仕事にシフトできる環境が整うと考えています。
林:まさに「今の業務にAIを追加する」のではなく、プロセスの中心にAIを置く変革ですね。ただ、そうしたトップダウンの変革には、現場やミドル層の抵抗も伴うかと思います。組織を変えるための教訓はありますか。
関:変革は孤独な作業です。私が以前、KPIや管理会計の改革を遂行した際も、最初は周囲がついてこない「孤独」を感じました。でも、諦めずに目的を語り続け、信念を持って熱量を見せ続けると、ふとした瞬間に「後ろにみんながついてきている」ことに気づいたんです。
大事にしているのは、「危機感」だけで人を動かそうとしないこと。危機感は最初の点火にはなりますが、それだけでは長続きしません。その先にどんな素晴らしい世界があるのかという「希望」や「夢」を語り、モードチェンジすることが不可欠です。あとは、現状を否定するのではなく「これを入れたらもっと良くなる」という肯定語で伝えること。相手を否定した瞬間に、変革のエンジンは止まってしまいますから。

ダム放流の「ベテランの勘」を解き放ち、若手の判断を支える基盤へ
林:今回のプロジェクトでは、特に「水力発電」の領域で、ベテランの知見をAI化することに挑みます。東電さんの中に眠る、まだ言語化されていない「暗黙知」とはどのようなものでしょうか。
関:水力の現場には、まさに経験値の塊のような判断が数多くあります。例えば、台風や線状降水帯による豪雨の際、急増するダムへの水にどう備え、どう流すか。ダムが危険にならない範囲で、水力発電量を最大化しながら、かつ河川の水で下流の住民の方々に危険が及ばない絶妙なバランスで放流する必要があります。
これには気象情報はもちろん、河川の状況や地形、過去の類似事例など、膨大なパラメーターが絡みますが、すべての事象をマニュアル化することは困難です。「この発電所なら、こういう時はこう判断する」というベテランの勘所、つまりドキュメント化されていない暗黙知はあるのです。
林:異常事態ほどデータが少なく、かつ判断の重みが大きい。そこを形式知化していくことへの期待は大きいですね。
関:非常に大きいです。ベテラン層の引退が進む一方で、若手は一人で現場を任される機会が増えています。先輩から直接教わる場が減る中で、若手が不安を感じたりするような状況をなくし、より安全で脱炭素化に貢献する。今回のプロジェクトで、これまでの経験則をAIに組み込み、現場の判断を支える「エージェント基盤」ができることを切に願っています。
AIは「優秀な新人」。過去の延長は任せ、人は「未来の創造」に集中する
林:昨今、「人的資本経営」に並んで、我々はナレッジを資産化する「AI資本経営」を提唱しています。関さんは、将来的に人間とAIの役割分担はどう変わっていくべきだとお考えですか。
関:私はよく社員に「AIは、優秀な新入社員だと思え」と言っています。能力はあるけれど経験はない、でも教えればどんどん吸収する。そんな異種のメンバーとどうコラボレーションし、一つのチームとして動けるかが鍵になります。
AIに任せられるのは、過去データにもとづいた業務です。一方で、人間にしかできないのは「創造性」と「人間臭さ」。AIは過去を知っていますが、未来を創ることはできません。人は人との対話や人との共感を通じて、何もないところから新しいものを創造する。我々はそうした創造的な活動へと、活動の重心を大胆にシフトさせていくべきです。

「失敗は恐れるな、傍観者になるな」一人ひとりの当事者意識が変革を実現する
林:関さんご自身、これまでのキャリアで「仕事が楽しい」と心から感じたのはどんな時でしたか。
関:やはり、自分が信念を持って進めてきたことで会社が変わり、周囲に「熱量」が伝播した瞬間ですね。私は元々研究員でしたが、新しいことを取り入れる時は常に摩擦を伴います。それでも、日本を元気にしたい、会社を良くしたいという一心でやり続け、結果として組織が動き出した時の醍醐味は、何物にも代えがたいものです。
林:最後に、現場でAI活用や変革に取り組んでいるリーダーたちへメッセージをお願いします。
関:「失敗を恐れるな」と言いたいです。変革は一人ひとりが主人公であり、当事者である必要があります。まずは好奇心を持って、そして少しの勇気を出して小さな変革に挑戦してみてほしい。
日本がもう一度復活するためには、日本が持つ現場データを使って「勝てる領域」で勝負することが不可欠です。生成AIのLLMやGPUで後れを取ったように見えても、サービスレイヤーや、現場の暗黙知を活かした領域では、まだまだ勝機はあります。
傍観者になるのではなく、自ら挑戦者になる。そして、周りに挑戦している人がいたら、全力で支援する応援団になる。そうした「仕事を楽しくするAI」を使いこなしながら、共に新しい日本の未来を創っていきましょう。